アート&カルチャー

2024.05.14

「‟魂”を書き起こして想いを伝える」 書道アーティスト 原愛梨インタビュー(後編)

銀行員を辞めて書道アーティストの道へ

―銀行員から書道アーティストになろうと思われたきっかけはなんだったんですか?

一番のきっかけは、お客さんに書道を通して喜んでもらえた経験が積み重なって、やっぱり私は「書道を通して人に想いを伝えていきたい」って思ったことですね。

あと上司に「やっぱり私は書道家になりたい」って伝えたら「それがいいと思う!」って言われました(笑)

 

―いつごろから退職を意識し始めたんですか?

入社して7ヶ月ぐらいして「やっぱり違うぞ、書道家として生きたい」と思い始めましたね。

 

―退職しようと思われて、ご家族の反応はどうでしたか?

「一旦社会人経験を積んだ後は好きにやりなさい」と、退職に関しては全然認めてくれましたね。でも「どうやって食べていくかは知らないよ」とはいわれたので、自分で資料を作って「私こういう者なんですけど、なにかお仕事いただけないですか」って市役所とかに営業に行ったりしましたね。

―退職するにあたって、不安や葛藤はありましたか?

銀行員だったらなんとなく仕事のイメージはつくんですけど、「書道家ってどうやって食い繋いでいくんだ」「何をするんだろう」「何から始めるんだろう」っていうところから始まって、大丈夫かなという不安はやっぱりありましたね。

 

シンガポールでのパフォーマンスが書道アートのはじまり

―そういった不安を乗り越える際に、背中を後押ししたものはありましたか?

銀行員を辞めてから、なにか行動を起こそうと思ってシンガポールに行ったんですよ。そこでとりあえず1人でいろんな文字をその場で書いて見せるパフォーマンスをしたんですけど、その時に「何の文字書いてるの?」って英語で聞かれて、「何て説明するんだ。どうしよう」みたいになって(笑)

たとえば「鶴」って文字を書いた時に、鶴の英語が分からなくてものすごくもどかしかったんですよね。なので海外の人にもパッと見ただけで何を書いているのかが伝わる作品が書けないかって思って今までにない新しいアートを考えた結果、文字と絵を組み合わせた「書道アート」という今のスタイルを生み出して、これでいこうと思いましたね。

 

―なるほど、シンガポールに行こうと思われたきっかけはなんだったんですか?

日本に近いからとりあえず行ってみてなにかやろうみたいな感じで特に深い理由はないです(笑)

 

―書道アートを思いついたのはシンガポールに行かれた時だったんですか?

そうですね。書道となにかを掛け合わせようって思ってて、ピアノをずっとやっていたので最初はピアノと書道を掛け合わせたんですけど、書きながら弾けないじゃないですか。「手が足りないぞ、どうしよう」ってなって、バンドとしてやったり、太鼓を合わせたり、いろいろ経験した中でやっぱり1人でできるなにかっていうところで「絵は世界共通」だと思いついて、絵と文字を組み合わせたっていう経緯がありますね。

―「書道アート」を思いつかれたのは退職されてからどれぐらい経った時でしたか?

1年ぐらいですかね。

 

―もともと絵も得意だったんですか?

好きでしたね。独学なんですけど。

 

毎日のSNS投稿からソフトバンクホークスの公式グッズに

―さきほどの質問と少し重なってしまうんですけど、どういった活動から書道アーティストとしてスタートされたんですか?

最初はやっぱりいろんな市役所に「花火大会の横断幕とかどうですか?」みたいな感じで自分で企画して営業にいくんですよ。そして「ボランティアさせて下さい」っていってやってましたね。

 

―反応はどうでした?

それが良かったんですよ!8メートルぐらいの横断幕を書いたのがすごい好評になって「次のお祭りの時もなにかやってくれませんか?」っていう形で続いて、少しずつ仕事になっていきましたね。

あとそれとほぼ同時にSNSの活動も始めて、好きなもの同士を掛け合わせないとやってても面白くないじゃないですか。私野球が好きで、福岡だからソフトバンクホークスのファンなので野球と書道を繋げられないかって考えて、プロ野球って試合後にヒーロー選手が決まるんですけど、そのヒーロー選手を私が書道アートとして文字でその人のシルエットを書いてみたんです。そしたらファンの方がすごい喜んでくれて、初めてやった日にSNSでそのヒーロー選手が「すごい!これください」って反応してくれたんです。そこで「ええ!自分の作品で喜んでくれてる!!活力になってる!!」ってことに気づいて、そこから毎日ヒーロー選手の書道アートをSNSにあげていくようになったんですよ。野球があると必ずヒーロー選手が決まるので、それが決まった瞬間に作品を書いてSNSに投稿するのを1年以上続けましたね。そしたらファンの方から球団に「グッズ化してほしい」っていう声がたくさんきたみたいで、球団から連絡がきてソフトバンクホークスの公式グッズになりました。

―実際書道アーティストとしてやっていけるなって自信を持ち始めたのはいつ頃ですか?

公式グッズになってテレビに取り上げられた時ですかね。書くたびにいろんな選手が反応してくれるようになって「今日お前書いてくれたぜ」みたいにチーム内ですごい噂になってたらしいんです。そういった反応がすごい自分のモチベーションになって、自然と今のスタイルを確立していきましたね。

 

書道の概念を覆す革新的な取り組み

―現在はどのような活動を中心にされていますか?

作品の依頼はもちろんのこと、企業さんの何十周年イベントとかのパフォーマンス依頼だったり、グッズデザインとか、舞台のポスターやパンフレットのビジュアルとかですね。あと最近は海外からの作品オファーがあったり、オブジェを作ったり、平面から立体にも挑戦しています。

 

―書道でオブジェとはどういったものになるんですか?

鉄を自分でカットするんですよ。プラズマカッターで文字を切って、それを使ってレリーフにしています。平面だけど前に出てるように見せるっていうのがレリーフなんですけど、鉄の文字を曲げたりして立体的にする作品になります。

 

―それはどういうきっかけで始められたんですか?

紙とかキャンバスに書いてたんですが、紙から文字が出てこないかなって思うようになって、いろんな業者さんに「文字を使ってなにかできないですかね」って連絡して工場に遊びに行ったんですよ。その時に鉄の端材とかがたくさん置いてあって、「これどうやって使うんですか」「ちょっとやってみていいですか」っていってやらせてもらったらすごいできちゃって、その業者さんもびっくりみたいな(笑)

「これはプロでもできないよ」ってなって、書道アートに生かせるなと思ってやってます。

〈CASIO社の「G‐SHOCK」の最高峰[MR-G]とのコラボ作品〉

 

―凄いですね!いつぐらいからですか?

もう2年くらい前からですね。

 

「続けることの大切さ」から見えてきた新しい世界

―制作するにあたり、普段の生活において意識していることってありますか?

たとえば街を歩いてても汚れが文字に見えたり、木が何かに見えるとか、そういうちょっとした「気づき」をつかみ取ることを常に意識しています。

 

―休日の過ごし方や趣味などはありますか?

仕事とプライベートが別れてなくて、いつも書いてるから特に休日っていう概念もないですね。土日とか関係なく、毎日何かを書くのも楽しいし、考えるのも楽しいので、気分転換はカフェに行って環境を変えることです。大体10個くらいの案件を並行してやってるんですけど、行き詰まった時は、また別の作品に頭を切り替えて一度リセットする。それが自分の中での気分転換ですね。あとは野球が好きなんで、最近は画面で観ることが多いんですけどプロ野球をよく観戦をしています。

 

―書道アーティストとして活動されてから一番の転機となった出来事はなんですか?

元プロ野球選手の上原浩治さんにSNS上で反応いただけたことです。引退される際に書いた作品に返信いただいて一気にテレビ出演や作品の依頼が増えました。今となっては、いろんな著名人や大きな企業様とも一緒にお仕事できるようになり、「新しい世界が見えてるな」って思っています。

―思い描いていた書道アーティストとしての姿にギャップはありますか?

私はまだ全然これからどうなるんだろうって毎日模索してる感じです。書道アーティストになるっていった時もこういうアーティストになりたいっていうのは全然なくて「何か新しい道を切り開いていくぞ!!」「世界にムーブメントを起こしたい!!」みたいな感じでスタートしたので。

 

幼少期から積み上げてきた「圧倒的な練習量」が支えに

―ここから少し抽象的な質問になるんですが、幼少期から現在までの書道との関わりを通して、変わらないもの、今に通じる原点などがあればお聞かせください。

やっぱり小さい頃からずっと書いてきた練習量っていうのが自分の中の原点ですね。圧倒的な積み重ねの連続で基礎が完璧に培われたなって思います。

今も変わらないのは「昨日よりも今日、今日よりも明日、もっと上手い字を書くぞ」とかそういう思いは常にあるので、それが書道であろうとアートになろうと変わらずに、もっと自分の納得のいく作品を書いていきたいっていう想いはずっとありますね。

 

―逆に変わったことはなにかありますか?

少し重複するんですけど、もともとは「一番を取りたい」っていう気持ちが強かったんですけど、そうじゃなくて人に作品を見てもらって誰かの心が動いたり、喜んでもらえることが自分の喜びに変わりました。今までは自己満足に過ぎなかったんですけど、お客さんの言葉が自分の活力にもなって喜びにも繋がっています。

 

―1年間の社会人経験は現在どのような意味を持っていますか。

銀行員時代は全力投球なのですが、ズボラで毎日失敗して、毎日怒られて、思うようにできない自分が本当に悔しかったんですけど、今となってはその時の経験が自分を強くしてくれたって思いますね。その時つらかったからこそ今は楽しいっていうのと、社会人になったからこそ「文字を人に伝えることの大切さ」に気づけましたし。

 

‟魂”を書き起こして想いを伝える書道アート

―アートは世界共通のノンバーバルな魅力を持つものだと思うんですけど、そこに書道という日本語の文字によって成り立つものを組み合わされて海外でも活躍されてらっしゃいますが、そういった書道の魅力っていうのは外国の方にどのように映っていますか?

実際に海外に行ってもなかなか書道をアートとして捉えてる人が少ないなって思っています。なので自分の作品を通して「書道ってアートなんだ!」ってもっと新しい認知と価値観を広げていきたいなっていうのが今の自分の目標でもありますね。

 

―書道アートの一番の魅力をお聞かせください。

私にとっての書道アートの魅力は「魂を書き起こすことができる」ことです。「書き起こす」というのは「見えていないものを文字によって見えるようにする」という意味になります。たとえば「挑戦」という言葉を書いただけだと漠然としていますが、「挑戦」という文字で虎を書けば、虎のように強く貪欲に荒々しく挑戦する気持ちを感じる作品になります。また同じ「挑戦」の文字で人の姿を書けば、その人が挑戦の想いで溢れていることを表現できます。何かの裏にある想いを文字にして、さらに形を与えることで「一つの魂」として作品にする。そして「相手にただの文字以上に想いを伝えることができる」っていうのが書道アートの魅力だと思います。

ただ絵の中に文字が入っていることで、パッと見て「面白い!」「すごい!」でもいいのですが、文字を読んで絵を観て魂を感じるところまで楽しんでいただけると嬉しいです。手書きの文字の必要性がほとんどなくなった現代で書道がやるべきことは、「心を動かす文字を書くこと」だと思っています。デジタルの文字に比べて手書きの文字は想いが込められるし、筆になるとよりその幅が広がります。さらに絵と組み合わせることでもっとダイレクトに相手に伝えることができるんです。そうやって「魂」を感じることができるのが書道アートの魅力だと思っています。

―子供の頃に思い描いてらっしゃった「書道の上手な有名人」の夢を叶えられていて充実しているように思うんですが、ご自身ではこれまでの半生を振り返ってみてどう感じてらっしゃいますか?

「書道の上手な有名人」をずっと目標にしてたわけじゃないんですけど、自然と導かれているような気がしますね。多分声に出したり書いたりすることで、「言霊」のように自分がそこまで意識しなくても引っ張ってくれる存在なのかなって改めて思います。だからこそ文字を書いていくことや作品に残していくことはこれからも続けていきたいですし、大切だなっていうふうには感じます。

 

―では最後に、今後の展望をお聞かせください。

書道を「アート」として世界に広めていきたいです。小学生の頃とかみんな一度は筆を握ったことがあると思うんですけど、書道をアートとして認識してる人は少ないと思いますし、書道で有名な人は誰かってきいても名前が挙がる人はほとんどいないと思っています。だからこそ「書道って面白いものなんだよ」とか「アートとしての楽しみ方があるんだよ」っていうのを、自分の作品を通して日本だけでなく世界にも伝えていきたいです。

あとは日常の中に書道をもっと取り入れてほしいとも思っていて、海外でも絵はよく飾ってあるんですけど、書道作品を飾る人はなかなかいないと感じていて、書道がもっと身近な存在になれるように自分の作品をアートとして多くの人に届けたいなって思っています。そしてそのうえで紙とかキャンバスだけでなく、もっといろんな技術を駆使して書道の固定概念を崩していきたいなっていう思いがありますね。

 

 

書道アーティスト 原 愛梨(Airi Hara)

1993年10月2日生まれ、福岡県出身。

2歳から書道を始め、幼少期から数々の賞を受賞。

書道家として活動を始めてからは文字を絵で書くという新しいスタイルの書道のジャンルを確立。

SNSから話題となった作品は様々なテレビ番組で紹介され、注目を集める。

名前、ことわざ、名言などの言葉を自由な発想で表現し、言葉に宿る魂を表す独自の世界観の作品が特徴。

東京の神田明神で開催された個展では著名人も含め多くの来場者を集めた。

Art Expo New YorkではBest Solo Exhibitorを受賞し、本場ニューヨークでも迫力と繊細の両方を併せ持つ作品は高い評価を受けた。またパリ、ドバイ、インドネシア、シンガポールなど各国で展示やパフォーマンスを成功させた。

日本の文化である書道を世界に広め、更に進化させるため、世界中で活躍するアーティスト。

 

■「書道」最年少文部科学大臣賞受賞

■「書道」日中友好書道大会日本代表

■「原愛梨書作展」福岡市美術館

■ 2022年5月 「零-はじまり」 SPAGHETTI,表参道,東京

■ 2023年3月 「礎」神田明神,東京

■ 2023年3月 Art Expo New York, New York (Best Solo Exhibitor 受賞)

■ 2023年10月 Salon Art Shopping Paris, Paris

■ 2024年5月 World Art Dubai, Dubai

 

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ヤマワケアートギャラリー

〒106-0032

東京都港区六本木5丁目1−3 ゴトウビルディング1st 1階

 

 

営業時間

11:00~19:00

休廊日:毎週水曜日

Yamawake Art Gallery

ヤマワケアートギャラリー代表

大石 主歩

Yukiho Oishi

大手百貨店から誘致を受けるレベルの20代〜30代の若手現代アーティストのマネジメントを主軸に、店舗内装業、飲食業、コンサルティング業等、幅広く事業展開をしている。 ヤマワケアート株式会社以外に、リブラ株式会社(13期目)の代表、株式会社JIS NATION(9期目)の副代表を務めている。

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