アート&カルチャー

2024.03.01

【教養としての現代アートVol.1】現代アートが持つ資産価値

 

近年、急成長を遂げている現代アート市場に注目し、その高い値上がり幅を利用した「アート投資」をする人々が増えています。

この記事では、アート投資を始めるうえで知っておきたい、アート作品の資産価値に関する情報を最新の傾向やアート市場の仕組みを解説しながらわかりやすくご紹介します。

〈文=住友優太〉

 

アートには文化的価値のほかに“資産価値“がある

 

資産といえば、株式や有価証券などの金融資産、あるいは不動産や貴金属などの実物資産を真っ先に思い浮かべる方が多いかもしれません。一方で、アート作品はどうでしょう。実は、美術品としての文化的価値を持つアート作品にも、金融商品や不動産と同じように「資産価値」があり、とくに現代アート*1の市場においては、近年その価格の高騰が顕著です。

 

昨年(2023年)1年間のうち最も高額で取引された現代アート作品は、世界最大のオークションハウスの一つ、クリスティーズ*2に出品されたバスキア*3の『El Gran Espectaculo (The Nile)』(1983)で、落札額は約98億4,000万円(6,710万ドル)でした。

同作は2005年にも世界最古のオークションハウス・サザビーズ*4から出品されていましたが、当時の落札額は約5億7,000万円(520万ドル)であり、18年間で約93億円も価格が上昇しています。

 

Jean-Michel Basquiat’s 《El Gran Espectaculo (The Nile)》(1983)  Courtesy Christie’s

出典:https://www.christies.com/en/lot/lot-6425226

 

バスキアといえば、衣料品通販大手ZOZO創業者の前澤友作氏が2016年に『Untitled』(1982)を約62億円(5,728万5,000ドル)で落札したことでも知られています。同作はその後、2022年に前澤氏によりイギリス発祥の老舗オークションハウス・フィリップス*5に出品され、フィリップス史上最高額となる約112億円(8,630万ドル)で落札されています。円相場の値動きを含めて、6年間でおよそ50億円も価格が上がっているのです。

さらに遡れば、この作品は現代アートコレクターとして知られるスピエガル夫妻によってバスキア存命中の1984年に当時のレートで約200万円(1万9,000ドル)で購入されたものなので、38年間で5600倍も価格が上昇しています。

現代アートの市場ではこのような価格の高騰は珍しいことではなく、毎年様々なアーティストが個人の最高落札価格を塗り替えています。

 

Jean-Michel Basquiat’sUntitled》(1982). COURTESY PHILLIPS

出典:https://www.phillips.com/detail/jeanmichel-basquiat/NY010322/12

 

現代アートの盛り上がりを示す代表例としてバスキアを取り上げましたが、バスキアに限らず若手日本人アーティストの作品も大きく価格が上がっています。

2020/2021年の「1980年以降に生まれたアーティスト オークション売上高ランキング」で世界第4位、2022/2023年の「現代アーティスト オークション売上高ランキング」世界第15位(約30億円)のロッカクアヤコを筆頭に、井田幸昌、小松美羽、江上越、くらやえみ、谷口正造といった若手日本人アーティストの作品も落札予想価格*6を大きく上回る高値で取引されているのです。

こうした20代から40歳前後の若手アーティストの作品は「超現代アート(Ultra-Contemporary Art)」と呼ばれ、アート市場でも注目が高まっています。

 

アート作品の価格の決まり方

 

現代アートの価格はどのように決められているのでしょうか。それを知るためには、まずアート市場全体の流れについて理解する必要があります。

アート市場は「プライマリー・マーケット(以下、プライマリーという)」と「セカンダリー・マーケット(以下、セカンダリーという)」に分かれています。プライマリーは、アーティストが制作した作品が最初に販売される市場です。ギャラリーへの所属を問わず、アーティストの個展などを通して、作品がコレクターのもとへ渡る場所でもあります。一方、セカンダリーは既存の所有者から別のコレクターへのリセール市場であり、主にオークションハウスなどで取引が行われます。

 

プライマリーではアーティストとギャラリーの間で話し合って決められた、サイズごとの価格表をもとに価格が設定されるため、作品の大きさが指標となっているのが特徴です。また人気アーティストであるほど、作品を購入するのが困難とされています。

一方、セカンダリーを象徴するオークションハウスでは、一つの作品に対して複数の参加者が入札を競り合い、最高額を提示した人が落札する仕組みです*7。言い換えれば、オークションの価格は需要と供給のバランスが反映された結果です。アート作品の場合、ファッションアイテムなどとは異なり、コンディションに問題がなければ、一度人の手にわたっても、それによって大きく価値が下がることはないのでセカンダリーでも活発に取引されています。

この二つの市場が相互に作用する形で密接に結びつき、マーケット全体で時間をかけてアート作品の価格は決まっていきます。

 

 

 

近年のセカンダリーでは、現代アートは近代美術*8の倍ほどの市場規模にまで拡大しており、過去22年間で約22倍ものプラス成長を遂げています。またオークションハウスの落札額はグローバルレコード(公的な記録)として残り、その後の相場の指標としてプライマリーの価格設定にも影響を与えるので、セカンダリーがアート市場全体をリードしているといえるでしょう。

アート作品の価値向上、ひいてはアーティストのキャリア形成もセカンダリーでの取引によって実現され、またアーティストの人気によって大きく価格が変動するのがセカンダリーにおける現代アート市場の特徴です。

 

投資としての現代アートの魅力

 

株式、債権、不動産、貴金属といった投資ポートフォリオの中に現代アートを入れる際、注意しなければならないのは、アート投資が長期的な投資になることです。それは作品の価値が上がるのに時間がかかるという点のほか、売買手数料が最も大きな要因です。

オークションハウスにおけるアート作品の売買手数料は出品者、購入者ともに約15~25%もするので、短期間で売買すると手数料負けしてしまいます。そのため、欧米の富裕層は資産全体の5~10%程度をアート作品への投資で運用している場合が多いといわれています。

先の前澤氏もバスキア作品の売買に6年はかけています。投資のために購入したアート作品の売却には、よほどの急騰でない限り、円相場の値動きなども考慮に入れた上で5年以上は必要だと思っておいた方が無難とされています。

 

 

ただ、アート作品はシルクスクリーン*9などの特殊な場合を除いて複製できず、需要に応じて量産するといったことができないので、人気が上がれば数年で価格が数十倍以上になることも珍しくありません。セカンダリーで有名オークションハウスに数多く作品が出品されるアーティストは、米国で優良株式銘柄を指す株式用語から「ブルーチップ・アーティスト」と呼ばれています。

戦前に活躍した作家はすでに相場が決まっていることが多く、爆発的に価値が上がることはほとんどありませんが、まだ市場価値が定まっていない作家が含まれる現代アート市場は、古美術や近代美術などほかの美術品と比べて値上がり幅が高い傾向にあります。

アートに関する正しい知識を身につけ、情報を適切に選び取ることで、今後どのような作品の価値が上がる可能性が高いか判断できるようになるでしょう。

 

*1 第二次世界大戦後の1950年以降に制作された美術作品を指す。

*2 1766年にロンドンで創業されたオークションハウス。美術品をはじめとして、宝石、時計、家具など80種類以上に及ぶ分野を取り扱っている。

*3 ジャン・ミシェル・バスキア(1960‐1988)。アメリカ・ブルックリン生まれの画家。ストリートアートを芸術の分野に押し上げた20世紀を象徴するアーティストの1人。88年、急性薬物中毒によって27歳で亡くなる。

*4 1744年にロンドンで創業されたオークションハウス。約70種類に及ぶ分野を取り扱っている。クリスティーズと並んで世界の二大オークションハウスとされる。

*5 1796年にロンドンで創業されたオークションハウス。20世紀およびコンテンポラリーアート、デザイン、写真、エディション、ウォッチ&ジュエリーの分野に注力している。

*6 オークションハウスの専門家らによって設定される「エスティメート(落札予想価格)」のこと。

*7 出品者による「リザーブ・プライス(最低売却価格)」も設定されており、入札額がリザーブ・プライスに達しなかった場合は販売されない。

*8 諸説あるが、一般的に19世紀後半に誕生した印象派から、フォービスムやキュビスム、表現主義などの20世紀半ばまでの美術を指す。

*9 絹などの織り目の細かい布を張った枠に、裏から紙などを当てて接着したインクが通過しないところとインクが通過する布目で版をデザインし、ペースト状のインクを擦り込むことで図柄を刷り出す版画技法。一度製版すれば、容易に複製が可能である。

 

Yamawake Art Gallery

ヤマワケアートギャラリー代表

大石 主歩

Yukiho Oishi

大手百貨店から誘致を受けるレベルの20代〜30代の若手現代アーティストのマネジメントを主軸に、店舗内装業、飲食業、コンサルティング業等、幅広く事業展開をしている。 ヤマワケアート株式会社以外に、リブラ株式会社(13期目)の代表、株式会社JIS NATION(9期目)の副代表を務めている。

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