アート&カルチャー

2024.03.08

【教養としての現代アートVol.2】急成長する世界のアート市場

 

 

前回の『現代アートが持つ資産価値』では、アート市場にはプライマリーとセカンダリーの2つのマーケットがあることをお伝えしました。

今回は、世界のアート市場がどれほどの規模なのかをプライマリー、セカンダリーに分けてご紹介し、近年の傾向とアート作品に対する国際認識について取り上げます。

〈文=住友優太〉

 

※記事中の為替レートはみずほ銀行発表の2024年3月1日時点の仲値、1スイスフラン=169.99円、1ドル=150.32を参考に算出しております。

 

銀行主催の「アート・バーゼル」が世界のプライマリー市場を牽引

 

プライマリー市場を牽引するのは「アートフェア」です。アートフェアとは、世界中のギャラリーが一堂に集い、各々が擁するアーティストの紹介とその作品を展示販売する見本市のことです。コレクターとギャラリスト、その他美術関係者の交流の場であると同時に、現存アーティストの最新作が集まるため、現代アート市場の最前線といっても過言ではありません。

世界では数多くのアートフェアが開催されていますが、なかでもスイスの都市バーゼルで開催される「アート・バーゼル」が出展ブース数、動員数ともに世界最大といわれています。今年(2024)の6月に開催予定のアート・バーゼルには世界40の国と地域から287のギャラリーが参加すると発表されています。また昨年1週間の会期中に約8万2,000人が来場しました。

 

アート・バーゼルに出展するには、選考委員会による1週間以上の審査プロセスを経たあと、アート・バーゼル独自の厳格な基準に基づく審議を受けなければなりません。さらに、出展が許可された場合でも、非常に高額な出展料を支払う必要があります。

それでも多くのギャラリーから参加希望が絶えないのは、アート・バーゼルに参加することによって見込まれる高いブランディング効果のほか、著名な美術関係者や世界中の富裕層とのコネクションが生まれるからでしょう。実際に、世界四大ギャラリーの1つ「ハウザー&ワース」*1は、昨年の会期中に100億円以上を売り上げたといわれています。

半世紀以上の歴史を誇るアート・バーゼルは今では1つのブランドとなり、スイス以外にも「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」(アメリカ)、「アート・バーゼル・香港」、そして2022年からは新たに「Paris+, par Art Basel」(パリ)が開催されて話題を呼びました。

 

アート・バーゼルを主催するのは、スイス最大の多国籍投資銀行にして世界最大級の金融グループでもあるUBSです。UBSはUnion Bank of Switzerland の略称で、スイス三大銀行のうちの2つ、「スイス・ユニオン銀行」と「スイス銀行コーポレーション」の合併で誕生しました。そのルーツは1860年代まで遡るとされており、世界有数の長い歴史を持つ銀行です。昨年(2023)「クレディ・スイス」を買収したことで、スイス三大銀行のすべてがUBSに集約されました。

50を超える国や市場に拠点を構える世界最大のプライベートバンクとして、世界中の王族や貴族を含む富裕層の個人資産を管理するUBSは厳格な情報管理で知られています。顧客リストには、約85億円(5,000万スイスフラン)以上の金融資産、もしくは約170億円(1億スイスフラン)以上の総資産を有する世界の「超富裕層」の多くが名を連ねているといわれています。

 

 

 

アート・バーゼルの他にも、ロンドンの現代美術雑誌「フリーズ(FRIEZE)」が主催する最新の現代アートに焦点を当てた「フリーズ・アートフェア」も新興勢力として注目を集めています。2003年の「フリーズ・ロンドン」開催を皮切りに、ニューヨーク(2012~)、ロサンゼルス(2019~)へと進出。さらに2022年からは香港に対抗しうる新たなアジアの現代アートのハブとして「フリーズ・ソウル」(韓国)を開催し、動員数70,000人を超える大きな成功を収めました。また、2023年にはアメリカを代表する老舗アートフェアの「アーモリー・ショー」(ニューヨーク)と「エキスポ・シカゴ」の買収を発表し、急激に勢いを加速させています。

こういったアートフェアでの売上を含めた2022年の世界のプライマリー市場の総売上高は約5兆6,000億円(約372億ドル)に達し、2021年から7%の増加となりました。特に年間約15億円以上(1000万ドル)を売り上げる大規模なギャラリーの平均売上高は19%も増加しています*2

 

 

セカンダリー市場は二大オークションハウスを中心に好調を維持

セカンダリー市場では、前回(『現代アートが持つ資産価値』)の話題の中でもご紹介した「クリスティーズ」と「サザビーズ」が二大オークションハウスとして不動の地位を確立しています。

現在公開されている中で最新となる、2022年のクリスティーズの総売上高は約1兆2,600億円(約84億ドル)を計上し、2021年と比べて17%の増加となる過去最高を更新。「美術品市場にとっても絶対的な記録」といわれました。

この記録更新に大きく貢献したのは、20世紀以降の近代美術および現代アートの売上高が前年比を21%も上回る約9,300億円(約62億ドル)にのぼったことです。また、2022年5月に開催されたイブニングセールでアンディ・ウォーホルの《Shot Sage Blue Marilyn》がウォーホル史上最高額の約293億円(約1億9,500万ドル)で落札されたことも大きな話題を集めました。

2022年に開催されたすべてのオークションにおける落札額TOP10のうち7点がクリスティーズから出品されたものです。

 

一方で、サザビーズも2022年は総売上高1兆2,000億円(約80億ドル)を記録し、278年におよぶ歴史の中で過去最高を更新。同じく過去最高を記録した2021年の約1兆970億円(約73億ドル)からおよそ10%の増加となりました。パンデミックにより市場が縮小する前の2019年の売上高約7,200億円(約48億ドル)を大幅に超え、市場の回復と堅調な伸びを示す数字といえるでしょう。また最新のデータによると、2023年上半期における「超現代アート」*3の作品取扱数はサザビーズがフィリップス、クリスティーズを押さえて最も多く、2000年以降の作品に特化したイブニングセール「The Now」の開催など、若手アーティストを積極的に市場に送り出す姿勢は注目に値するでしょう。

長年世界第3位の座にあるフィリップスも、前年からおよそ20%増の約1,950億円(約13億ドル)を記録し、初めて10億ドルを突破。サザビーズと同様に2年連続で史上最高の売上高を更新しています。

かつてない盛り上がりをみせた2022年のパブリック・オークション全体の総取引高は約4兆6,000億円(約306億ドル)となり、2021年から2%減とはなったもののパンデミック前の2019年を11%上回る結果となっています。またオークションハウスにおいても、アートフェアと同じく現代アートの市場が急速に拡大しています。2000年にはアート市場全体のおよそ3%に過ぎなかった現代アート市場は、現在では約3,450億円(約23億ドル)を売り上げて全体のおよそ16%を占めており、今後も更なる拡大が期待されるでしょう。

 

世界のアート市場と今後の動向

 

 

アート・バーゼルとUBSによる『2023年グローバル・アート収集動向調査(原題:The Survey of Global Collecting ( 2023) 』によると、2022年の世界全体におけるアート作品の取引総額は約10兆2,000億円(約678億ドル)となっています。

国ごとに見ていくと、アメリカが前年度から8%の増加となる約4兆5,300億円(約302億ドル)を記録して全体の半分近い45%を占め、次いでイギリスが約1兆7,800億円(約119億ドル)で2位。中国(香港を含む)は前年と比べて14%も大きく数字を落とし、約1兆6,800億円(約112億ドル)で3位となっています。

この上位3ヵ国だけでマーケット全体の80%を占めており、日本はフランスに次いで世界第5位ですが、わずか1%のシェアにとどまっています。グラフではその他にくくられてはいますが、6位のドイツや「フリーズ・ソウル」で近年勢いを増す韓国(7位)とほとんど差はありません。

 

2022年は新型コロナウイルス感染拡大に対するロックダウン政策でビジネスが停滞した中国ですが、香港を中心に急速に規模を拡大しているのは間違いありません。その原動力となっているのは、中国本土の富裕層を筆頭としたアジアのコレクターです。長らくニューヨークとロンドンの二強状態だったオークションの売上において、香港が両都市と遜色ないレベルに達しています。

こうした中国人富裕層を中心としたアジアのコレクターが市場に影響力を持つことによって、中国をはじめとするアジア諸国の現代アートが脚光を浴びており、日本人アーティストの作品も価値が高まってきているのです。

村上隆、草間彌生、奈良美智といった日本を代表する現代アーティストの作品がこの30年ほどで数百倍も価格が急騰して十数億円以上にまで達している要因には、アジアのコレクター間で人気となったことも関係しているといわれています。

 

世界ではアートを投資対象としてみるのが一般的

 

アメリカのアート投資プラットフォーム、マスターワークス社*4が算出した過去27年間における現代アート作品の年平均利回りは12.6%となっており、アメリカを代表する主要大型株500社で構成されるS&P500*5を上回っています*6

欧米の富裕層の間では、総資産のうち5〜10%をアート作品で保有するのが一般的とされていますが、UBSが約1億5,000万円(100万ドル)以上の資産を持つ富裕層のアートコレクター2,700人以上を対象に調査したレポート*7によると、個人の資産ポートフォリオの中でアート作品が占める割合は、2022年が24%、2023年が19%となっており、資産全体の2割前後で推移しています。

またアートは株式や不動産とは異なる資産クラスであり、金融危機の時期に他の資産クラスとの相関性が比較的低いとされているため、ポートフォリオの多様性を高めてリスク分散のために選ばれる傾向にあります。マスターワークス社はアート投資は所定の目標リターンでリスク調整後の上昇率を向上させる役割があると結論づけています。

欧米のアートコレクターはアートを投資としてみる意識が高い傾向にあり、明確に資産として捉えていると考えられます。

 

一方、日本ではアートを資産として扱うよりも、文化的な営みを享受するものとして展覧会や芸術祭などの開催に重点が置かれてきた傾向があります。海外と比べて購入したアート作品を個人のコレクションとして長期間保有する傾向が高いことからも、アート投資に対する意識は低いといわれています。

しかし、前回(『現代アートが持つ資産価値』)も取り上げた通り、世界的に高く評価されている日本人アーティストは多く、高価なアート作品の購買力がある富裕層の数も世界第4位です*8

また、今回ご紹介した世界のアートフェアやオークションハウスに出品されている作品はオンラインで購入することもできます。コロナ以降、アートフェアではオンライン・ビューイング・ルーム(OVR)を通して購入する割合が増え、オークションハウスでも電子商取引の比率が一般小売を上回っています。物理的な距離による格差がほとんどなくなっている中で、日本のアート市場は今後大きく躍進する可能性を秘めています。

 

*1 マヌエラ・ハウザーとイワン・ワースが1992年にスイスで創業したギャラリー。スイスのほかにロンドン、ニューヨークなど世界各国でギャラリーを運営している、世界有数のメガギャラリーの一つ。

*2 出典:The Contemporary Art Market Report 2023|Artprice by Artmarket 

*3 主に1980年以降に誕生したアーティストによる作品を指す。

*41998年に設立された、ニューヨーク市に拠点を置く美術品の株式の売買を行う企業。

*5 アメリカの代表なインデックス・プロバイダーのS&P ダウ・ジョーンズ・インデックスがニューヨーク証券取引所、NYSE MKT、NASDAQに上場している企業の中から代表的な500社を選出し、その銘柄の株価を基に算出される時価総額加重平均型株価指数。

*6 ここでいう利回りとは作品の購入価格をオークションなどでの売却価格で割ったもの。

*7 出典:The Survey of Global Collecting 2023| Art Basel&UBS

*8 出典:World Ultra Wealth Report 2023|Altrata

 

一部参照:過去最高売上を更新!クリスティーズ、サザビーズ、フィリップスの2022年まとめ

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