アート&カルチャー

2024.03.22

【教養としての現代アートVol.3】西洋美術の変遷からたどる現代アートのトポロジー(前編)

 

西洋美術の変遷からたどる現代アートのトポロジー(前編)

 

「美術史を知らずして、世界とは戦えない」という言葉もあるほど、世界のビジネスエリートは「美術史」を教養として身につけています。美術史はその国の宗教・政治・思想・経済と密接に結びついており、美術史を学ぶことは単に社交の場で役に立つだけでなく、急速にグローバル化していく社会を文化的側面から理解することにもつながります。

今回は現代アート誕生までの過程を西洋美術史の文脈に沿って重要なエポックを網羅しながら、わかりやすくお伝えします。

 

写真の発明による写実主義の崩壊

 

西洋では、2世紀末頃から14世紀までの1000年以上にわたり、キリスト教中心の宗教美術が続きました。画家は当時絶対的な権力を誇っていたカトリック教会からの依頼に応える「職人」と位置づけられており、初期の頃は画家個人の名前も残されていないことがほとんどでした。また教会や寺院における装飾が絵画の主な役割であり、依頼主の望む理想化されたキリスト像をどれだけ忠実に描けるかが最も重要でした。そのため、描かれる表情やプロポーションは形式にとらわれ、画家が自由に描けたのは「衣服のひだ」くらいだとさえいわれています。

 

 

そのような中、14世紀から16世紀半ばにかけて「ルネサンス」*1と呼ばれる文化復興運動がイタリアを中心にヨーロッパ全土へと広がりました。東方貿易の活発化に伴う商工業の発達を背景に、キリスト教中心の中世文化から抜け出し、古代ギリシャ・ローマ世界における人間性の復活を目指したのです。

ルネサンス美術の特徴は、自然主義に基づく客観的写実性と古代の普遍的な美を至高とする理想主義の調和にあります。描かれた人物は表情や仕草などで豊かな情感を表出し、それぞれが独立した個性を持っています。また写実性を追求する過程で解剖学・数学・幾何学などの学問領域を絵画表現の中に取り入れたことで、線遠近法*2の発明や陰影法*3の飛躍的な進歩に貢献。平面の絵画に奥行きと立体感をもたらしました。レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた《ウィトルウィウス的人体図》はそれらの特徴を最も端的に表していると言えるでしょう。

 

ルネサンス以降も「マニエリスム」*4、「バロック」*5、「ロココ」*6などの様々な様式が花開きましたが、写実的な描写を前提に「理想」と「現実」の折衝を図っていたことに変わりはありません。ところが、19世紀に入ってその価値観を根底から揺るがす事態が起きます。写真機(カメラ)の発明です。

 

 

暗い部屋に小さな穴を明けると、外の景色が上下逆さまに映し出されるピンホール現象は、古代ギリシャの時代からすでに知られていました。やがて、手元でこの現象を再現できる「カメラ・オブスキュラ」と呼ばれる装置が生み出されると、15世紀以降のヨーロッパの画家の間で広く利用されるようになりました。

 

 

1827年、フランスの発明家ニエプスがこのカメラ・オブスキュラで映し出された景色を化学薬品を用いて金属板に定着させることに成功すると、1839年に鮮明に像を定着出来るダゲレオタイプ(銀板写真)、1841年には紙に定着させるため安価で複製可能なカロタイプが立て続けに発明されました。

これらの発明によって、画家は最も重要と考えられていた写実性において、写真にはおよばないことに気づきます。折しも時は産業革命の只中、急増する中産階級からの肖像画の需要が高まっていた時期でした。制作スピードや価格の点からも「肖像のための手段」に最適な写真は爆発的に流行し、画家は絵画を制作する「意義」から再考する必要に迫られたのです。

 

絵画独自の表現を目指して

 

奇しくもカロタイプが発明された1841年に錫製のチューブ入り絵具が発明されました。それまでの画家は鉱物や貝などを砕いた顔料を乾性油で練って絵具を自作していましたが、人工染料を用いない絵具は乾きやすく、必要量をその都度用意しなけばならない点などからもアトリエ以外での制作は不可能した。しかし、このチューブ入り絵具の誕生によって、画家たちは自由に屋外での制作ができるようになったのです。

1872年、フランスの画家クロード・モネが《印象・日の出》を発表します。屋外で先入観を捨てて自然を観察し、そこで得た感覚をすばやく画面に留めた本作は、絵画と写真の棲み分けが模索される中で画期的なものでした。この作品をきっかけに誕生した「印象派」*7は、作家の主観的な感覚を重視した点で、絵画の新たな可能性を指し示しました。

 

 

20世紀初頭になると、絵画を写実的な役割から解放する動きが活発になります。1905年にはマティスら「フォーヴィスム(野獣派)」*8が激しく鮮烈な色彩で感覚や感情を表現。1907年頃からはピカソを中心とする「キュビスム(立体派)」*9がキャンバス上での描写対象の再構成に取り組みました。

 

 

この後、「青騎士」*10や「デ・ステイル」*11といった抽象的表現を志向する芸術運動がヨーロッパ各地で同時多発的に起こっていきます。

写真の発明によって絵画は、ルネサンス期以降の伝統だった写実主義と完全に決別し、色や形を駆使して現実ではない独自の世界を創り上げようとする、絵画だからこそ可能な表現を探求していくこととなったのです。(後編へ続く)

 

*1 ルネサンス時代には、秩序や均整を備えた古代ギリシャ・ローマ時代を「古典古代」と呼び、規範と見做した。この理念は19世紀に至るまで続くことになる。

*2光線で物体を照らした時、物体の表面及びその物体の置かれた台の上に出来る暗い部分を描写する絵画技術。

*3 画面に直交する平行線を一点(消失点)に集束させて描くことで、三次元空間や立体物を、絵画などの二次元平面上で視覚的に再現する表現方法。数学・幾何学の進展とともに確立した。

*4 イタリア語で「手法」を意味する「マニエラ」から派生した言葉。16世紀イタリアで隆盛した技巧的かつ優美的な芸術様式を指す。

*516世紀末のイタリアに発し、17世紀ヨーロッパで展開した芸術様式。過剰な装飾、感情に訴えかける劇的な動きや明暗法を特徴とする。

*6本来は、18世紀初頭から半ばにかけて、フランスからヨーロッパ全土に波及した曲線の多用、繊細さや軽妙さへの志向を特徴とする装飾を指した言葉。今日ではこの時代全般の芸術様式を指す。

*719世紀後半のフランスで始まった絵画を中心とした芸術運動。もともとは、1874年にモネ、ルノワールらが開いた展覧会の出品作品《印象・日の出》に対して、そのスケッチ的な性格を揶揄してジャーナリズムによって付けられた呼び名であった。

*8 20世紀初頭フランスでの絵画運動。印象派と異なり、共通の目的を持つグループとして活動はしていないが、鮮やかな色彩と大胆な筆触、単純な画面構成を特徴とする。

*9 20世紀初頭、ピカソとブラックにより進められた芸術運動。現実の三次元に存在する対照を、キャンバスという二次元平面に解体する造形を試みた。
*101911年にカンディンスキーらが結成したドイツ表現主義のグループ。その実態は芸術年刊誌『青騎士』編集部と、彼らによる企画展であり、後にクレーも合流した。

*111917年にモンドリアンらがオランダで結成したグループ。また、同名雑誌を拠点とした画家・建築家・デザイナーらによる国際的活動を指す。建築やデザインなどの分野にも変革をもたらしたデ・ステイルは、1919年に設立された世界初の総合デザイン教育機関「バウハウス」へ大きな影響を与えた。

 

 

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