アート&カルチャー
2024.11.21
従来とはまったく異なる手法でアート業界を牽引し続ける、人形町のギャラリー・タグボート。今回は同ギャラリーの代表であり、「投資としてのアート、教養としてのアート」の著者でもある徳光健治さんにこれまでの歩みを振り返っていただきながら、今後の展望やアート投資をする際のアドバイスまでお話いただきました。
〈聞き手・文=住友優太〉
ー近年のアート市場をどのように分析されていらっしゃいますか。
まず2022年にピークがあったのは紛れもない事実なんですが、それはコロナ禍になって行き場のない投資マネーの一部がアート市場に注ぎ込まれたというだけで、それ以上でもそれ以下でもないんです。コロナ禍で困っている業界はありましたが、あれは人が外出しなくなってお金を使わなくなったからじゃないですか。ということはゴルフやレジャー、外食や贅沢品にお金を使わなくなったことで、富裕層のお金は必然的に余ったわけですよ。同時にコロナ禍という未曽有の状況下では投資対象も不明瞭になっているわけで、不動産、株式、債券、金などと並んでアートが選ばれるようになったんです。そうやって一気に膨らんだマーケットですが、コロナ禍が収束した今では当然ながら落ち着いてきていますね。
ただ、今後もマーケットは株式市場と同じように長期的には右肩上がりで拡大していくと思います。AIの台頭などでこれから左脳的な仕事がどんどん合理化・効率化されて価値が低くなっていく一方で、右脳的な仕事の価値は見直され、生活においてもクリエイティビティを求める時代に変わっていくのは間違いないですからね。
ーアート業界の中で注目していることはなんですか。
実はコロナ禍でマーケットが拡大したときに流行ったのは「イラストアート」と呼ばれる典型的なシティ・ポップ風のイラストなんです。やはりイラスト作品って分かりやすいのでアート初心者の方に選ばれやすかったんですね。
それに日本のイラストレーターやデザイナーって優秀なんです。絵を描くのは上手かったけどアート業界では食べていけないからイラストレーターやデザイナー、あるいは漫画家の道に進んでしまったとかね。アートよりもそっちの方がマーケットが圧倒的に大きいじゃないですか。それを考えたときに、これからはイラスト、デザイン、漫画といったものとアートが融合されていって、作品として売るものはすべて「現代アート」にカテゴライズされてくるだろうと。そうなってくると、日本のアートマーケットは大いに成長するだろうなと思います。
この間、うちでMika Pikazo(ミカ ピカゾ)*1というイラストレーターの個展をやったんですよ。設営にかなりの金額をかけて鉄骨を組み、単にアート作品として見せるだけでなく、音楽と融合させたり、インスタレーションや映像作品も取り入れるなど、いろいろな演出をしたんです。そしたら会期中に1万人も来たんですよ。もうマーケットの規模が全然違いますよね。売り方がアート業界のそれとは大きく異なりますが、イラストレーターや漫画家が一部の作品をアートとして売る傾向は今後さらに増えていくと思っています。ただ、優秀なイラストレーターや漫画家は沢山いるので、これまではクオリティ競争がほとんどなく、悪くいえばパクリのようなものでも受け入れられていた「イラストアート」の世界でも、徐々にクオリティとオリジナリティが重視されるようになって本当にトップ層の作品のみをアートとして扱うようになっていくのではないかと見ています。
タグボートで開催されたMika Pikazo 個展「UNDER VOYAGER」の展示風景
*1 ブラジルから帰国後イラストレーターとして活動を開始。鮮やかな色彩感覚、魅力的なキャラクターデザインを得意とし、様々なジャンルでデザインやキービジュアルを手がける。VTuber『Hakos Baelz』や『輝夜 月』キャラクターデザイン・ライブアートディレクション・アパレルデザイン、初音ミク『マジカルミライ 2018』メインビジュアル、『プロジェクトセカイ』衣装デザイン、『電音部』『Fate/Grand Order』キャラクターデザインなど。
ーアート作品を投資対象として見る際に注意すべきことはありますか。
投資対象として見る際に重要なのはチャネルですね。貸し画廊やプロモーションができないギャラリーから買うと、そのあとも価値は上がりにくいです。オークション・ハウスも株式市場でいうと上場取引みたいなものなので安く手に入れられるとは限らないですし、そもそも誰かが一度手放したものですから、長期間にわたって保有する傾向の強い日本ではあまりいいものは残ってないんですよ。なので基本的には信頼できるプライマリー・ギャラリーから購入するのが正しいでしょうね。
一番いいのは、プライマリー・ギャラリーで才能豊かな若手アーティストの展示をしているときに、アーティストが在廊しているタイミングで会いに行って直接話をすることです。そのときに、前回申し上げた「頭の良さ」、「忍耐力」、「コミュニケーション能力」を意識して見ればいいんですよ。
作風は刻々と変化していくので、作品は決して今がベストとは限らない。むしろ今がベストじゃ駄目なんですよ、これからさらに良くなっていかないと。なので注目すべきはアーティスト本人、つまり「人」に投資するようなものなんです。作品はあくまでモノでしかなく、それを作るのは人であるアーティストなので、アートを単にモノとして捉えるとアートビジネスは確実に失敗します。セカンダリーはあくまで「モノ(作品)」しか見ないのに対して、プライマリーで重要なのは「人(アーティスト)」なんです。
投資におけるアントレプレナー(起業家)とインベスター(投資家)の関係性が、アーティストとコレクターの関係性に近いといえます。アーティストという人間に惚れて、そのアーティストがつくる作品が今後よくなっていくと、株価と同じように過去の作品の評価も高まっていくので、今がベストではなく、将来性があるアーティストをいかに探すかですね。今まで何千人ものアーティストと会ってきましたけど、本当にいつ人気に火がつくかは分からないです。作品よりもアーティストのキャラクターや才能から人気が出ることも全然ありますしね。
ー日本のアート市場が今後盛り上がっていくために必要なことは何でしょうか。
日本はアメリカや中国と比べると年齢中央値が10歳も上の超高齢化社会なんですが、高齢の方は保守的なので現代アートの魅力を理解してもらうのは難しいんですよ。なので若い方がどのような作品を選ぶのかが重要で、従来のアート作品に加えてイラスト、デザイン、漫画といったものの中で特にクオリティの高いものを現代アートの範疇に取り入れて販売していく感じですかね。サブカルチャーも含め、本当に優秀なクリエイターの作品をアート化し、若い方でも買える価格設定から始めて、そこから価値が上がっていく仕組みをどれだけ作っていけるかが重要だと思います。
最初から高く売るのってあまり意味がないんですよ。最初は少し安くしておいて、そこから上がっていくという健全なマーケットをみんなでつくっていくのが大事ですね。有名なイラストレーターだからといって最初から価格を上げて短期的に稼ぐやり方は、マーケットにとって必ずしもいいことではないんです。繰り返しにはなりますが、初めは安くしてだんだん高くなるという一つの投資的なうまみを生み出す仕掛けを、アーティストとコレクターとギャラリーが共に作っていくことが重要だと思います。
ー最後になりますが、タグボートが目指す未来を教えてください。
アートで食べていけるアーティストの数を増やすことです。そういう未来を作るために会社というものが存在するので、実は会社の規模を大きくすることには1ミリも興味がなくて、会社というものは収益をつくる組織ではなくて、どちらかというと、これからは関わる人たちが利用する箱でしかないと思っています。なので、社員には愛社精神なんかよりもアート愛を持ってもらいたいですし、アーティストが食べていける世界の実現のために、会社をどのように活用するかを常に考え、今後も全力で取り組んでいくだけです。
株式会社タグボート 代表取締役 総合商社、外資系コンサルティングファーム、モバイルコンテンツ会社を経て、アジア最大級の現代アートのオンライン販売TAGBOATを運営。 日本の現代アート市場拡大を作るべく奮闘中。 特に若手作家が活躍できる環境作りに力を入れている。
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