アート&カルチャー
2024.05.16
秋田書店発行の「月刊ミステリーボニータ」(以下、ボニータといいます)にて好評連載中の「いつか死ぬなら絵を売ってから」は、「アート」と「お金(投資)」というテーマを組み合わせた漫画として異彩を放っています。
今回は5月16日のコミックス最新第3巻の発売に合わせ、作者のぱらり先生とボニータ編集部の山本侑里さんに「いつか死ぬなら絵を売ってから」の誕生秘話から今後の見どころにいたるまで詳しくお話いただきました。
〈聞き手・文=住友優太〉
ーまずは漫画家を目指されたきっかけについてお聞かせください。
漫画家を志したというよりも「漫画を描くなら商業誌でやった方がいいな」って思ったんですよね。そもそも漫画を描き始めたのは、ある時に急にあるアニメにハマり、それの二次創作をやっているファンダムと出会い「漫画って別にプロじゃなくても自由に描いていいんやな」っていうのに気づいたのがきっかけだったんです。
そして趣味としての創作を続けているうちに「ちょっと長めの話とか、シリーズものを描く場合はやっぱりちゃんとお金をもらってないと描き続けられへんな」と思って商業誌デビューが一番いいなって思ったんです。そこからいろんな方に拾っていただいて、今は(秋田書店の)山本さんと一緒にやらせていただいてます。
―なるほど、それまでの漫画との関わりはどうでしたか?
すごく普通だったかなと思います。漫画家を志した経緯が趣味の延長のような感じなので。ただ漫画は、いろいろな世界を見せてくれる大事な存在だと思っています。振り返ってみて印象に残っているのは、祖父が全巻揃えてくれていた「ドラえもん」を子供のころから好きで読んでいたことですかね。他にも家には有名漫画は揃っていて、そうして幼少期から名作を自然に読める環境で育ったのは大きかったと思います。自然に漫画と関わってきたので、自然に漫画の道も選べたのかもしれません。
―いつ頃から「いつか死ぬなら絵を売ってから」の構想を練られていましたか?
いつだったかな。連載開始が2022年なので2020年ぐらいからぼんやりあったのかな。
―ちなみに「ぱらり」のペンネームの由来ってなにかありますか?
二次創作を始めた当時は猫と暮らしていて、猫が飛ぶ様子を友達と「ニャンぱらり」って呼んでたんですよね。「ニャン(猫)」が「ぱらり」としてるっていう(笑)
そういう語感が好きで何となく「ぱらり」になったのかなっていう、本当にフワッとした経緯です。
ー担当編集者の山本さんにお聞きしたいんですが、「いつか死ぬなら絵を売ってから」を初めて読んだ時の印象はどうでしたか?
弊社の「Web持ち込み」にぱらり先生がご投稿してくださって初めて読んだんですけど、その時は鉛筆描きのネームの状態でいただいてたんですよね。
通常は完成原稿をアップされる方が多いので、鉛筆描きのネームだとサイトの構成上見過ごしそうになることもなくはないんですけど、朝出社してなんとなく「Web持ち込み」をチェックしてて目に留まったので読んでみたら「なんだこれは!!」って衝撃を受けました。
―(山本さんへ)はじめは鉛筆描きのネームだったんですね。具体的にはどんな衝撃でしたか?
やっぱり「アート」に「お金」を掛け合わせていたのがすごい面白くて。よくアート系の漫画を好んで読んだりもしているのですが、芸術に捧げる情熱や青春を描く作品が多い中で「お金」という視点を扱った作品は非常に珍しく、新鮮な印象を受けました。
そしてその場で編集長に相談したところ「いいんじゃない」ってことで、すぐに連載の方向で話が決まりました。もちろんそこから連載に向けて打ち合わせをしていく過程で修正はあったのですが、根底のものが面白かったので「絶対うちでやりたい」って思っていました。
―(ぱらり先生へ)ちなみに「ボニータ」に持ち込もうと思われたのはなにかきっかけがあったんですか?
今回の作品はいろいろと経緯があるのですが女性読者向けだと指摘されたことがあって、そして前から「ボニータ」さんが気になっていたんですよね。「ボニータ」さんは少女漫画誌の中でもちょっと変わってるっていったらあれですけど、間口が広いっていうか、「海が走るエンドロール」をはじめ幅広いジャンルの作品を扱っているので、こういうアートとお金っていう変わり種も見てもらえそうだなと思って持ち込ませていただいたっていうのがありますね。
―(山本さんへ)その後実際に「いつか死ぬなら絵を売ってから」の連載がスタートするわけですが、作品の印象になにか変化はありましたか?
それが回を追うごとにより面白くなってるんですよ。最初は主人公の一希くんというキャラクターがどうなるのかなっていうところから物語は始まってるんですけど、その後アーティストとして絵を売る段階に進んで、新しいキャラクターが登場することで様々な問題も出てきたり、どんどん気になるストーリーが展開していって、それこそ投資に関わるような部分ですと、絵の市場価値を高めるためのマーケティング戦略など、新しい情報に触れることもできて毎回面白いですね。
―(ぱらり先生へ)少し話が戻りますが、「アート」と「お金(投資)」を組み合わせようと思ったきっかけについて教えてください。
もともと現代アートがすごく好きで、専門的にすごく詳しいというより、ただのミーハーオタクなんです。たまに世間の「なんでこんな絵が高いの」「なんでこんな落書きみたいな絵が」みたいな声が気になっちゃうことってありますよね。そのあたりの仕組みや美術業界の文脈、価値感を伝えたいなっていう気持ちが漫画を描き始めるより前からずっとあったのですが、それを普通に説明するとやっぱり小難しくなってしまって「結局アートって何か気取って面白くないね」って思われてしまうから、漫画を描くようになった今なら漫画を通して「エンタメとして読んでもらえたらアートって面白い」って感じてもらえるんじゃないかなと思ったのがきっかけの一つですね。
―エンタメとして読んでもらうために「お金(投資)」という要素を入れたんですね。
そうですね。「結局なんでこんな絵が高いの」「なんでこんな価値があるの」っていう疑問に応えるには、お金の世界の話を交えて描かないと「価値が生まれる様子」を伝えられないので投資の要素を入れたっていう感じですね。あと今は「マネーゲーム」がエンタメとして一定の評価があって、要素として強いのも理由の一つです。
―ちなみに現代アートを好きになったきっかけはなにかありましたか?
一番のきっかけはフェリックス・ゴンザレス=トレスっていうアーティストを知ったことですね。もう亡くなられていて、日本で数多く展示をしていた方ではないので図録かネットで見たと思うんですけど、いわゆるミニマル・アートやコンセプチュアル・アートって呼ばれるジャンルのすごくシンプルな作品なんです。時計を並べただけとか、キャンディを敷き詰めただけの表現なのに、アーティストの感情や経験、当時の社会背景までもがその中にぎっしり詰まっていて、それでいて視覚的にも情報量的にもすっきりと澄んでいる感じがして観た瞬間ものすごい感極まったんですよね。その時に「こういった作品をもっと見たい」「もっとこんな経験をしてみたい」って思ったのが現代アートを好きになったきっかけです。漫画を描き始めるよりも前なので、もう10年以上前ですかね。
―主人公・一希の独創的な作風はどこからインスピレーションを得ましたか?
一希っていうキャラクターが美術教育を受けたことがないアーティストなので、「野良感」のある作風にしたいっていうのがありました。しっかりとしたデッサンの技法に基づいてとか、油絵や日本画の伝統表現みたいな画材の扱いを習わないと描けないタイプの技法ではまずないっていうのがあったので、誰でも簡単に手に入れて使うことのできる画材で描くだろうなと思った時に紙とペン・マジックとまずは画材から決めて、画風はやっぱり一希っていうキャラクターか描きそうな画風を意識しました。最初にストリート系かなっていうイメージがあって、かといって壁に描くタイプではないだろうなと思ったので、紙にああいうグラフィカルな雰囲気のドローイングをするキャラクターになりましたね。
―日々の執筆ルーティンや1日の流れについて教えてください。
基本的には持ち込んだときと同じというか、浮かんだネームをワーッと描き出して、山本さんにパスしてますね。それに対して山本さんと打ち合わせというか推敲を重ねて、その後作画に入って大体2〜3週間ぐらいで完成原稿という感じです。作画中の2〜3週間の間に次のネーム案も出すような形なので、ネームと作画を日々並行して進めています。1日のスケジュールは特に決まってないですね。
―執筆する際に特に意識していることや苦心している点があればお聞かせください。
そうですね。やっぱり「アートの世界の面白さを伝えたい」っていうのが前提にあるんですけど、おそらくこの漫画で初めてアートの世界に触れる方もいらっしゃると思うんですよ。今までアートはちょっと難しそうと思って敬遠していた方とか、そもそもアートに興味がなかった方の視野を狭めてしまわないようにバランスには注意してますね。
もともと現代アートのオタクなのでアート作品がどのようにして価値が上がっていくのかは何となく知ってはいたんですけど、実際に作品として不特定多数の方に見てもらうってなると、専門書を読んで調べることも多いですね。
―「社会的に弱い立場の方の視点に立つ」のがぱらり先生の作品における一貫した特徴だと山本さんからお伺いしているんですけど、それには何か理由や背景はありますか?
私自身がマイノリティな属性を持っていることもあって、やっぱり社会的に弱い立場にいる方達に寄り添いたいという気持ちはあります。そんなふうに、もちろん創作活動における社会的な意義や、私の中の反骨心や正義感といったようなものはあります。でもそれだけではなく、言ってしまえば面白い作品作りを目指したら、結果的にそういった「社会から取りこぼされた視点の作品」が生まれてるというところもあります。当事者の方以外には見えてない世界、見えてない視点をうまく作品に昇華することで、今まで閉じていた世界の引き出しを開けてみるというか。そういうところに物語の面白さがあると思います。ただそうした中で、当事者の方を都合よく消費するような描き方にはならないように注意したいと思っています。
―山本さんから見て、ぱらり先生はどのような方に映っていますか?
やはり物語を作る時の視点の置き所がすごいんですよ。エピソードのひとつとってもキャラクターの背景にしても「盛り上げるためだけ」の装置には決してしない。エンタメとして消費してしまいがちなところでも、ちゃんと本質を押さえ、俯瞰して物事を見て描いている。すごく信用できる方だなと改めて思いました。
―(ぱらり先生へ)「いつか死ぬなら絵を売ってから」を通して読者に伝えたいものはなんでしょうか?
とりあえずエンタメとして読んでほしいですね。難しく考える前に、まずは主人公・一希の成長物語として読んでほしいです。もちろんフィクションなのでファンタジーな部分は多少あるんですけど、一希の目線や透の様子を通してみることで、少しでも「アートって面白いかも」と思っていただけたら嬉しいですね。
―では最後に、ぱらり先生から現時点でお話できる範囲で結構ですので「いつか死ぬなら絵を売ってから」の今後の構想や注目点を教えてください。
やっぱりメインテーマの一希の絵の価値がこれからどのように上がっていくかっていうのは見てほしいのと、それがもう1人の主人公の透にとってどういうものなのかっていうところ。具体的な展開でいうと、結局ギャラリーには所属するのかしないのか、あと大規模なアートフェアの場に参加するのかとか。
最近も新しいアートフェアが開催されたりして「日本をはじめアジアのアート市場を盛り上げるぞ」っていう空気があるので、そういうリアルタイムの出来事にも影響を受けつつ、いろいろと構想はあるので見守っていただけると嬉しいです。
ネカフェ暮らしの清掃員・一希の唯一の趣味は絵を描くこと。
ある日、美術を愛する青年・透に絵を買わせてほしいと頼まれたことから物語は動き出す。
その日を暮らすことで精一杯だった一希と、お金持ちで何不自由ない生活を送る透。
奇妙な出会いをした二人はやがて手を組み、「価値のある絵」を作り上げていくが……!?
「アート」×「お金」の関係に切り込む――。アートに魅入られ価値を見出す空駆けるマネーゲーム!
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