アート&カルチャー

2025.02.16

中国のアート市場の熱源を探る  Empathy Gallery 代表 尚雅南インタビュー(後編)

昨年、開廊からわずか1年余りで、中国で開催された3つのアートフェアに参加したEmpathy Gallery(東京・原宿)。今や世界第2位の市場シェアを誇る中国と、日本人若手アーティストを繋ぐ同ギャラリーの尚雅南代表に、活況を呈する中国のアート市場の最前線について伺った。

急速にシェアを拡大する中国市場
最前線で感じた次世代コレクターの台頭

ー2024年は中国で開催された3つのアートフェアに参加されています。中でも「北京当代」と「ART021上海」は中国最大級のアートフェアですが、どのような手応えを感じましたか。

まず、5月に開催された「北京当代」は、参加ギャラリーの9割以上が中国国内に拠点を持つギャラリーでした。私自身も北京出身で、さらに親が事業を営んでいることから、豊富なネットワークを活用でき、他の都市よりも多くのアプローチが可能でした。そのおかげで、昨年参加したアートフェアの中で最も大きな成果を上げ、今年も継続して参加することが決まっています。
一方、11月に開催された「ART021上海」は、国際的なアートフェアとしての地位を確立しています。実際、20の国と地域、43の都市から集まった131のギャラリーが参加しており、日本から中国のアートフェアに初めて出展するなら「ART021上海」がおすすめですね。こちらでも満足のいくセールスを達成できたため、今年も引き続き参加を予定しています。
さらに、今年は3月に香港で開催される「Art Central」にも出展します。「Art Central」は当ギャラリーが参加するアートフェアの中で最も知名度が高く、審査基準も非常に厳格です。ブース面積は約25㎡ですが、出展費用はこれまでで最も高額でした。ギャラリーをオープンして一年余りで、こうした世界的な舞台に立てることを、とても嬉しく思います。
また、今年はアジアで最も長い歴史を持つアートフェア「ART TAIPEI」(台湾)への参加も予定しています。

〈「北京当代2024」の展示風景〉

ー中国と日本のアート市場の規模や動向について、どのような違いを感じますか。

中国のアート市場は、日本と比べて圧倒的に大きな規模を誇ります。そもそも私がこのギャラリーを始めたきっかけも、中国市場の成長ポテンシャルに魅力を感じたからです。

2023年の世界のアート市場は、総取引額約650億ドル(約9兆6,100億円)と推定されており、そのうちアメリカが42%(約272億ドル)を占め、依然として世界最大の市場です。ただし、アメリカの市場シェアは近年やや減少傾向にあります。

対照的に、中国のアート市場は過去20年間で急成長を遂げ、現在は世界市場の19%(約123.5億ドル)を占めるまでになりました。ここ数年は市場規模が安定しており、今後も成長の可能性を秘めています。ビジネスを展開する上で、この成長市場に注目するのは理にかなっていると言えるでしょう。リスクよりもチャンスの方が大きいため、中国市場にフォーカスするのは必然的な選択です。

一方、日本のアート市場は世界全体の約1%(約6億8,100万ドル、約946億5,900万円)にとどまっています。もちろん、日本にも富裕層は存在しますが、先進国の中では市場規模が小さく、成長の兆しは限定的です。

ーコレクターの意識や購買傾向には、どのような違いが見られますか。

中国のコレクターは30代が中心で、非常に若い層が多いですね。特に、会社経営者や大手企業の幹部層が、自身の趣味としてアートコレクションを楽しんでいる印象があります。そのため、当ギャラリーが持ち込む作品も、いきなり300万〜400万円クラスの高額なものより、比較的手頃な価格帯の作品を多くそろえたほうが勝算が高いと考えています。現在、中国経済は決して好調とは言えないため、価格戦略の重要性も増しています。
また、北京や上海のアートフェアを訪れるのは、基本的に現地の富裕層です。特に北京は中国の首都であり、国内でも最も資産家が多いエリアの一つです。アートに深い関心を持つコレクターだけでなく、週末のエンターテインメントの一環としてアートフェアを訪れ、無理のない範囲でコレクションを楽しむ人も多い印象です。
一方、日本のコレクターは体感的に50代以上が多く、年齢層の違いが顕著です。

熱意と誠意で築く信頼関係
人生を懸けた「日本への恩返し」

ーその差はどこに起因すると思われますか。

日本では、バブル崩壊の影響により、アート市場に対するネガティブな印象が根強く残っているのではないでしょうか。バブル期には、余剰資金を持つ人々が高値でアート作品を購入する傾向がありましたが、バブル崩壊後、多くの作品の価値が下落し、購入者が損失を被るケースが相次いだと聞いています。この経験から、日本ではアート投資に対する不信感が長く続いていると考えています。
さらに、バブル崩壊後の日本経済は「失われた30年」とも言われる長期停滞に入り、個人の生活水準も以前ほど高くなくなりました。その影響もあり、高額なアート作品を購入できる層は限られ、現在の日本市場では高額作品の販売が難しい状況が続いています。私は、「この作品は将来必ず値上がりします」といったセールストークは避けるべきだと考えています。もし本当に将来の価値が保証されているのであれば、売る側も手放さないはずです。私自身、アート作品を販売する際には「好きなものを買う」という意識を大切にしています。
一方、中国の経済成長はかつての二桁成長から鈍化しているものの、すでに富裕層となった人々の購買力は依然として圧倒的です。私はCCC時代から多くの中国人富裕層と接してきましたが、日本との経済規模の違いを強く実感してきました。
特に印象的だったのは、上野裕二郎さんの大型作品(130号や150号)が、中国のアートフェアで即座に売れたことです。フェアが始まる前、完成したプライスリストをコレクターに送ると、「すべて購入したい。サイズもちょうどいい」と即決されました。
日本では一般的に150号もの大型作品は売れにくく、運搬だけでも一苦労です。天井の高さの関係で展示が難しいギャラリーも多く、当ギャラリーでも最大130号までしか扱えません。しかし、中国では大型作品の需要が高く、持ち込めばすぐに売れる状況です。そのコレクターはさらに「上野裕二郎さんの作品は他にないのか? もっと買いたい」と興味を示し、追加の購入も即決しました。ちょうど北京に滞在していた上野さんも、この状況には驚いていました。

〈上野裕二郎さんの作品「熱塊 No.18」〉

ー上野裕二郎さんといえば、Empathy Galleryの所属アーティストであるsumaさんとシェアハウスされてらっしゃいますね。

そうです。2023年7月に上野さんのアトリエを見学した際に、sumaくんを紹介してもらいました。そして、彼の作品を見た瞬間、一目惚れしてその場で購入を決めたんです。その作品は、まもなく開催される他のギャラリーでの個展のメインビジュアルとなる作品で、まだ制作途中の段階でした。しかし、私は一切迷うことなく即決し、個展初日に一番乗りで足を運んでその場で決済しました。

この縁がきっかけで、Empathy Galleryで最初に企画したグループ展「THE FIRST」に参加してもらい、その結果sumaくんは当ギャラリーで最初に完売した作家となりました。この時に、私の目は間違っていなかったと確信しましたね。展示後も作品リストをもらって地道に販売を続け、昨年の「北京当代」に彼の大型作品4点を持ち込んだところ、初日に見事完売しました。sumaくん自身も、この結果には驚いていました。

そして、昨年8月にはsumaくんの個展を開催し、私たちの信頼関係はより強固なものになりました。ある中国人コレクターが大変気に入ってくださり、一度に8作品も購入してくださったんです。最終的に大半の作品が売約となり、横3.8m × 高さ1.5mの超大作を含む残りの作品は当ギャラリーがすべて買い取りました。 それらの作品は、香港で開催される「Art Central」に出展する予定です。

この業界において、信頼関係は何よりも大切です。私はアーティストに対して誠意を持って接し、彼らの作品を深く理解した上で、全力でセールスに取り組んでいます。その姿勢が、アーティストに安心感を与え、制作に集中できる環境を生み出すのだと考えています。このような熱意と誠意は、コレクターとの信頼関係を築く上でも欠かせません。

〈sumaさんの作品「Friendly Fire」〉

ー最後に、今後のビジョンを教えてください。

まずはこの場所で10年間、人生を懸けて勝負します。 ギャラリーは短期間で成功するビジネスではなく、成功するためには運と確固たる経済基盤が必要になります。私にとって、お金を稼ぐこと自体はそれほど難しいことではありません。 正直に言えば、これまで手掛けたビジネスの中でギャラリーが最も利益を出していないかもしれません(笑)。 しかし、それでも私はこの仕事に情熱を注ぎ、本気で取り組んでいます。

その原動力となっているのは、「日本社会に恩返しがしたい」という強い想いです。私は中国では大学に進学できなかった落ちこぼれでしたが、両親の支えでなんとか日本に送り出してもらいました。はじめは日本語も分からない状態でしたが、日本では国民の皆様の税金による奨学金をいただき、大学に進学することができました。そして卒業後はCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)という素晴らしい会社に入社し、今の自分を形成する貴重なキャリアを築くことができました。

日本は私に人生のチャンスを与えてくれた国であり、それも一度ではなく何度もチャンスをくれました。その恩を、このギャラリー運営を通して、日本社会に還元したいと考えています。

 

Empathy Gallery

東京都渋谷区神宮前3丁目21−21 A R I S T O原宿2F

営業時間:11:00〜19:00

公式サイト:Empathy Gallery

Instagram:EmpathyGallery(@empathygallerytokyo)

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