クラウドファンディング
2024.03.28
The Tabelog Award 2024『GOLD』に輝いた日本料理店「勢麟」。全国約85万店(2022年10月時点)の中から35店のみが得られるGOLDの勲章を2年連続で手にした男が今回の頂人伝の主役だ。長谷部敦成さん35歳。
長谷部さんの店はJR浜松駅(静岡県)から徒歩12分の場所にある。客席はカウンターの8席のみ。全国から食通が訪れるが、予約をとるのは至難の業だ。
メニューはおまかせコースだけ。天然鰻、アワビ、フグ、松茸、、、高級食材の中でも、長谷部さんが選び抜いた食材を使った料理ばかりだ。しかも、それぞれの料理がボリューム満点で、口いっぱいに豪快に味わっていかないと時間内に全てを食べきれない。まさに至福の時間とはこのことだ。
営業時間は18時から23時だが、それ以外の時間、長谷部さんは食材ハンターと化す。毎朝、漁港に出向いたり、時には自ら散弾銃を持ち狩猟に出たり。近場で納得する食材が無ければ、車を何時間も飛ばし、車中泊をすることもしばしばだ。
そんな長谷部さんがこだわるのが『生きた味』だ。俗にいう「素材の味」をはるかに凌ぐ味、超高級食材の中でも100個に1個あるかどうかというほどの幻の味だ。果たして『生きた味』とは。そして、生きた味を見抜く眼力がいかに長谷部さんの身に宿ったのか。インタビューで迫った。
2023年12月。寒風吹きすさぶ静岡県の舞坂漁港に長谷部さんの姿があった。この日の狙いは鯛とフグ。朝10時過ぎから漁を終えた船が次々に入港してくる。水揚げされる魚は、どれも新鮮で活きがいいように素人目には見える。しかし、次々に競り落とされる光景を長谷部さんは遠目に見つめるのみ。お眼鏡にかなう魚がなかなか無いようだ。いったい魚のどこを見極めているのか。
「海が綺麗なところで取れる魚だと、身が痩せていても美味しいものは多いかなと思います。1番わかりやすいのは、香りですね。例えば鯛なんかでも、ちょっと石油臭い香りがあったりとかわずかな違いがあるんですよ。味覚よりも先に香りが1番最初についてしまうので、まずは香りから見ることが大事かなと思ってます。愛媛の藤本さんっていう漁師さんがとってる鯛が素晴らしくて、身の肥えが悪かったとしても、漁師さんのストレスのかけない釣り方とかで一気に『生きた味』に変わっていくんですよね」
腐っても鯛、という言葉はこの男の辞書には無いらしい。同じ魚であっても、体にかすかな傷があればそれがストレスになって味に影響する物質が分泌されたり、鱗の色に違和感を感じればそれはエサの質が良くなかったり。大量に水揚げされる魚の中から、完璧な状態の魚を瞬時に見極めているのだ。しかも長谷部さんが言う『生きた味』を味わえるのは、そうして厳選された魚を絞めてからわずかな時間の間だけだ。
「第六感、シックスセンスみたいな感じですかね。見ると大体わかります。野菜も、 例えばスーパーとかで大根山積みになってても、ぱっと見た瞬間に「あ、この大根だ」ってわかるようになっちゃうんですよ。なんか投資家さんだったら、「あ、この山当たるな」みたいのがわかっちゃうとか、そんな感覚で僕らは生きています」
「うちはレシピが1個もないんですよ 」
一押しの料理を聞いて恥ずかしくなった。そんな次元ではなかった。毎日どんな食材が手に入るかわからず、しかも同じ食材であっても味の個性に違いがある。メニューはもちろん、味付けさえ決められないのだ。
「毎日感覚で料理を作ってます。例えば鯛の場合、醤油が効かないんですよ、本当にいい鯛って。お刺身で何もつけずに食べても、昆布締めみたいな味をしてるんですよね。なので、塩とか打っても、全然効かなくて。だから、味をつけるんじゃなくて、その魚の旨みを強くするために、例えばちょこっと塩を置いたりとか、その塩も鯛から引いた出汁で 1回炒り直した塩とかを使ってあげないと、効かないっていうんですかね。基本的に僕の料理の概念の中では、ほとんど味をつけるではなくて、味を補填してあげてるようなイメージですね。最低限の醤油2滴入れるとか、 野菜からとった出汁でちょっと炊いてみたりとか。でも、うまい魚だと塩もいらないんで、野菜からとった出汁と、鯛から取った煮詰めた出汁だけ合わせて、それで完成とかよくありますね。人が手をかければかけるほど、良さっていうのは失われていくんですよね。そういういい食材を狙って探しているんです 」
いったいなぜ、『生きた味』を見抜く味覚が長谷部さんの舌に宿ったのか?原点は幼少のころの苦い経験にまでさかのぼる。
「給食はパンがほとんど食べられなくて、めちゃめちゃ残してました。ソフト麺も「なんだこれ」と思って食べなくて、 結構大変でしたね。でも、ご飯の日はいっぱい食べましたね。ふりかけも嫌いで、 もわってなっちゃって、口の中が。化学調味料でしょうね、多分。それが嫌で嫌で。ご飯とお味噌汁と漬物が1番好きだったんですよね。その中でうちの母が化学調味料をほとんど使わなくて。季節によって思い出に残る食べ物はいっぱいあるんですけど、 夏だったら冷や汁とか、水に味噌といて、きゅうりと大葉とみょうが入れて、ご飯にかけるだけなんですけどね。そういうのがおいしいなと思って食べてたんで。ほんとに母の漬けるぬか漬けすごい好きで。学校から帰ってくると勝手にぬか床から出してきゅうりとか食べてたんですよ。めちゃめちゃ怒られて、 でも美味しくて」
勢麟のカウンターには、大きな額縁が飾られている。長谷部さんの座右の銘だ。
「“一以貫之(いちいかんし)”という言葉がすごい好きで、一を以(も)って之(これ)を貫く。まさに自分のやりたいことで、1つの意思をもって全て掘り下げていくことが 1番好きなことで。性格なんですけど、1個やり始めると、それしか考えられなくなっちゃうんですよ。 結婚してから修行に入ったんですけど、10年ぐらい家庭を全部犠牲にしてきました。修業中は給料10万円ぐらいしかなくて、生活もできないし、子供もいるし、 どうしようどうしようっていって、かみさんが、夜中にセブン–イレブンでレジのバイトしてくれて、でも、「どうしても料理人をやりたい」って駄々こねて、かみさんからは「やめて」ってずっと言われたんですけどね。支えてくれた人がいて、なんとかなったかな。ありがたいなと」
約10年の修行を経て、2018年、30歳で念願の自分の店「勢麟」をオープンした。もちろん、いきなり成功したわけではなかったようだ。運命を変えたのは、ある一言だった。
「自分の店をオープンして2年は思いっきり赤字で、何やってもお客さん入らなくて 困っちゃった。全国の幻と言われる食材を片っ端から取り寄せて使ったんですけど、 1年目が500万ぐらい赤字、2年目も600万赤字」
「僕が最後にお世話になった親方は、80歳近い親方なんですけど、本当に素材を1番大事にされてて、お椀作るのに、昆布と鰹、ほとんど使わない方で。なんで使わないのか、聞いたことがあったんですよ。そうしたら「昆布と鰹だったら、全部その味になっちゃうじゃないか。魚が可哀そうだ」って言われたことがあって、確かになと。鰹と昆布って1番強い出汁なので、なんでもその味になっちゃうんですよ。僕の中では、本来、日本料理の中では、昆布と鰹は持ち運びの簡単なインスタント食品の1つ。誰でも簡単にその場でうまい出しを引けるものなんですよね。これをやめて、材料費が3倍ぐらいに跳ね上がったんですよ。出汁をとるだけの鯛とか、そういうのを買わなきゃいけないんで。何倍も何倍も原価率も上がるし、お金もかかるんですけど、本来の日本食の文化はこっちじゃないかなって自分の中では思ってて。魚の素材の良さを引き出して、そこから出汁を取って、その魚を表現できる1杯のお椀を作れたらいいなって思ったんですよね。あそこが今の自分の料理に1番繋がってるところなんです」
「命をいただく場面は必ず見ないといけないと思ってます」
写真に映る長谷部さんがいるのは船の上だ。両手に掲げるのは、長谷部さん自身が仕留めた鴨。自らの料理をさらに一段上げるための挑戦だという。
「一度そう思うとそれしか見えなくなるんで、1番原点までやりたくなって、最初に手をつけられるのが狩猟ですね。冬だと鉄砲で鴨を撃って。ものすごい寒いんですよ、 浜名湖の上で、船で行くんですけど、氷張ってるようなところを船で走るんで。撃って、鴨の内臓すぐ出すんですけど、あったかいんですよ、すごく。「あ、生きてるもの頂いてるな」ってすごい感じるんで」
長谷部さんが狩猟を通して求めるのは、究極の「生きた味」だ。
「みんな何気なくハンバーガー食べてるけど、牛にも色々牛の生き方があって。可愛い子供が生まれたばっかりなのにいきなり引き離されてとか、結構牛も感じる。初めてイノシシ撃った時も、川でお腹出したりするんですけど、中に赤ちゃん入ってたりとかすると、うわーってなるんですよね。でも、どうしようもない。綺麗に食べてあげることしかできない。そういう生き物の一生を全部奪って食べてるんで。大事にしなければなって。イノシシなんかも、撃った瞬間にばって肉捌いて、まだ痙攣してるんですよ、薄く切っても。焼いてから何もつけずに食べるとびっくりするぐらい美味しいんですよ。そういう1番嫌がるところ、人が見ないようなところをしっかり見て、そっから いかに大事に料理作っていくかっていうのが、今やってることなんです」
すでにThe Tabelog Award GOLD を2年連続で受賞するなど、和食界のトップの1人にも数えられる長谷部さん。それでもさらなる「頂」を求めて登り続ける理由は、ある挫折を通じて気づいた自分の中の甘さだった。
「3年ぐらい前ですかね。その前までは料理やってても、正直あんまり挫折したことなくて。 昔から記憶力が良くて、なんでも覚えちゃってたんで、そんなに強く怒られることもなく、大体1、2回言われたら調理の方法とかも覚えられたんで。でも、ある料理を食べた時に「うわっ」てなっちゃいましたね。味の構成も分からないとか、理解ができない味っていうのを初めて食べました。西麻布に蒼という、僕の1番大好きなシェフがやってるイノベーティブな料理があって、 俺には作れないと思いました、飛び抜けて美味しくて。 その時に、挫折というか、圧倒的なレベルの差を感じましたね、追いつけないなっていうのを。みりんの要素とかを野菜から作ってしまうとか、鍋肌にこびりついた焦げを出汁の1つの調味料として転換していくとか、 圧倒的な技法ですね。食材の目利きもほんとに抜群で、これは勝てんなってすごい思いました」
「自分の目利きが甘くなってたんですよね。神経を詰めて食材を見てるつもりなんですけど、浜松という土地柄、いい材料って手に入りやすいんで、まあ大丈夫だろうと思って使っていたところもあるんですよ。1回それで料理のバランスを崩したことがあって、魚の見方もおかしくなったし、口の中(の感覚)もおかしくなったんですけど、その結果、料理が冷めた味になっていくんですよね。お客さんがほとんどわかんない味を出しちゃうみたいな。水が違うんですよとか。水の綺麗なミネラルの旨みがのってる料理ですよとか、よくわかんないことをやり出しちゃったんですよ。でも、自分では美味しいと思っちゃってる。ある時、うちの弟子からぽっと「親方、これ多分誰もわかんないですよっ」て言われて、 あ、なるほどな、わかんねえよなと思って。その経験があったんで、よりその材料の選定は厳しくなりました」
2024年春。長谷部さんはさらなる「生きた味」にチャレンジする。「焼肉」だ。素材を長谷部さんが調理して提供する和食のスタイルとは違い、焼肉は客自らが焼き、客自らがタレをつける。だからこそ、これまで以上に素材が大切になると長谷部さんは考えている。
「僕の中で1番のコンセプトは町焼肉。小さい頃に食べに行った、おばちゃんが1人でやってる焼肉屋さんとか、 そういうあったかいお店を作りたいなって思ったんですよね。 その中でも、やっぱりお肉にはこだわって、冷凍したものを使わないとか、自分が食べてほんとに美味しいと思う肉だけを使って、焼肉をやりたいと思いました。メインで使うのが経産牛といって、1度出産した牛なんですけど、赤身の本当に美味しいお肉ってなかなかないんですよね。今はA5ランクのお肉がもてはやされるようになって、脂の文化になってしまって。お寿司でも大トロが1番みたいな感じで言われてるんですけど、噛んでいて旨味が出てくるのって赤身のお肉なんですよね。その赤身のうまさを伝えたいと思ってます。でも肉は難しいです。経産牛は出産した後にもう1回、力を入れて育て直すと、 肥育期間が長くなるんですが、その分、肉に旨味が強く乗るようになります。真っ赤なお肉だと、焼くとすごい硬くなっちゃうので、ちょうどいいバランスの牛を目利きして使いたいと思ってます。 値段もかなり抑えて、若い子でもほんとにおいしいものを早い時期から食べられるように」
そしてもちろん、タレも普通のわけがない。
「ちょっと特殊なタレができました。結構面白いと思います。うちのタレを他の牛肉、交雑種の肉とかにつけると何にも美味しくなくて、逆になんかヨーグルト臭くなっちゃう。経産牛って 噛んでてぐっと口の中でうまくなるんで、(濃い)味になるんですよね。調味料を作るときはいつも、頭の中で味を構成していくんですけど、肉の甘みを強くしようとか、そのお肉と似た味を探していくのが1番。 肉の組織を長めに噛んでいくと、いろんな味が出てくるんですけど、その素材の持ってる味に近いものをタレにブレンドしていくと、勝手に寄り添っていくんですよね。僕がこだわって選んだ素材を殺したくないんですよね。そうすると、素材に寄ってく味というか、補填していく味になっていくんです」
和食に焼肉に。“一以貫之”で突き進む長谷部さんは今後、どのような『生きた味』の境地を見せてくれるのか。楽しみは尽きない。
食材探しに密着!料理人・長谷部敦成のこだわりとは? →→ 【頂人伝VOL.3】動画はこちら
Related article
関連記事
人・物・事(ビジネス)の証券化を目指す投資・配当型クラウドファンディング「ヤマワケ」のニュースや 投資初心者からプロまで多くの方に役に立つ金融・不動産の知識や情報を紹介するオンライン記事を提供します。
read more